棚橋社長ありがとうございました
スタッフブログ/2026/03/04

渓流釣りが解禁して興奮している伊藤です。早速釣りに行きました。
今シーズン一匹目の

岩魚さんです。
メザシみたいなサイズでなくてよかったです。今年も狂ったように釣りをしたいですか、去年から同級生の農家を手伝っているので農家優先です。以前は釣り師というあだ名をいただきましたが今年は釣り師ではなくなってしまいました。その分働いて自分の老後の生活資金を体張って稼ぎます。
今年のイッテンヨンで新日本プロレスの棚橋弘至社長が選手を引退しました。デビューしたときはK-1と総合格闘技ブームでプロレス暗黒時代でした。客席がどんどん少なくなり、経営も苦しくなってた時期に踏ん張ってプロレスブームをV字回復させた功労者です。僕が昔会場に見に行ったとき棚橋弘至はさんが入場してきた際に、ハイタッチがしたくて手を伸ばしましたが息が合わず空振りしてしまいました。とても悲しかった僕を見て、わざわざ戻ってきてくれてやり直してくれました。それから僕は棚橋弘至さんにぞっこんです。あまり熱く語ると終わらないのでこれくらいにしておきます。
でもこれだけは、新日本プロレスの看板レスラーが全日本プロレスに移籍してしまった時期です。2002年2月1日の札幌での大会の最後に猪木さんがリングに上がりました。選手全員をリングに集めこう言いました。
「オメェは何に怒ってるんだ!」
レスラー達が思っていることを伝えました。一番最後がまだ若手の棚橋弘至さんです。こう答えました。
「俺はこの新日本プロレスのリングで、プロレスをやります!」
大卒の頭をフル回転させて猪木さんが何て返したらいいか分からないことを答えたと本人が言っていました。そしてプロレスをやり続け、引退試合の日に東京ドームが超満員札止めの当日券なし。とても素敵な話です。

写真は2015年の東京ドーム大会のメインイベント後です。
今年は超満員札止めなので見に行けれませんでした。
沢山の感動をありがとうございました。
おまけ

ハイハイフローを決めた棚橋弘至さん。

後藤洋央紀選手にダルマ式ジャーマンスープレックスホールドを決めた棚橋弘至さん。
次は竹田君が何か決めてくれます。





























